第三篇 不思議な出会い
著者:shauna


 うん。ごめん。
 まず、そこから始めるべきだと思った。
 ちなみに謝る対象はファルカスから僅かに話を聞いたことがある青年。アスロックに対してだ。
 聞けば、そのアスロックというのは重度の方向音痴らしい。
 なんと、自分の家に帰るのに迷ったことすらあるそうだ。
 その話を聞いた時、おおいに笑ってしまった。「看板とか見ながら行けば、どこへでもいけるでしょ!」と・・・
 でも・・・
 実際、今、サーラ・クリスメントは間違いなく迷っていたのだ。
 あの後・・・ファルカスと別れて、しばらくの間その場に立っていたのだが、やはり、一人で行かせたことと、それからあんな言い方で追い立てたことが気になり、後を追いかけることにした。
 
 で、水路だらけで迷路みたいなこの町で迷ってしまったと・・・
 
 うん。子供みたいだ。
 
 例えるなら日曜の朝市とか夕方の市場の特売とかに親と一緒に来て・・・
 「おかーさーん。まって〜・・・あれ? おかーさん? おかーさん!?」みたいな・・・・・・うん。アスロックくん。本当にごめん。なんか君のことが少しだけ分かった気がするよ。
 
 ともあれ、まずここはどこなのだろう。
 
 とりあえず、適当に行脚してしまったせいか・・・あるいは追いかけてる途中でちょっと綺麗なガラス屋を見つけて入ってグラスを2つぐらい買ってたのが原因なのか・・・完璧にファルカスを見失ってしまった。おまけに、むやみやたらに探し回った為、なんか薄暗い路地裏に出てしまった。
 目の前には水路が一本だけサラサラ音を立てながら流れている。周りは全て3階建てぐらいの家に囲まれて窓からは洗濯物が吊下がっている。ゴンドラとかでのんびりこの水路を下れば、きっと気持ちがいいんだろうな〜とか考えてたりするが今はそんなのどうでもいいことだ。
 ともかく・・・どうしよう。
 何しろ、異都市で誰かとはぐれるのはこれが初めてだった。
 まあ、2人で旅をすること自体珍しいので当たり前と言えば当たり前だが・・・でも、流石にこれはまずい・・・
 とにかく大通りに出よう。
 方針が決まったサーラは歩き始めた。
 と・・・
 「へぶっ!!」
 何かに躓いて豪快に転んでしまった。
 まったくもってついてない。せっかく意気込みを新たにしたところだったというのに・・・
 とりあえず、水路の向こうで「何あれ・・・ダッセー」とか言ってるガキ共はあとで成敗するとして置き上がったサーラは憂さ晴らしに「なんでこんなところに石があるかな!?」と言って、思いきり躓いたモノを蹴とばした。
 ―ん?―
 あれ?石にしては何やら柔らかな感触である。
 というか・・このグニャッとしたゴムみたいな感触は・・・
 恐る恐る足元を見る・・・そこには・・・
「――――――!!!!!!!!!!!!」
 思わず声にならない声を上げてしまった。でも仕方ないだろう。
 何しろ足元で横たわっていたのは・・・・・・
 死体だったのだから・・・・・・

 それはオレンジのローブを着て、手に魔道書らしきものとアガサの魔法杖を持ち、青い顔をして倒れている男だった。
 「ま・・・まさか・・・私が踏んじゃったから・・・じゃないよね・・」
 なんかもう、キノコとか生えそうな勢いでその男はそこに横たわっていた。栗色の髪をした優男。ちょっとイケメンかもしれないのだが、青ざめた顔のせいですべてが台無しだ。
 いや・・・死んでるんだから顔立ちなんてどうでもいいんだが・・・
 「う・・・うぅ・・・」
 「!!」
 いや、前言撤回!!生きてた!!今、僅かに動いたし!
 「あの・・・大丈夫?・・・・」
 「うぅ・・・・・・」
 サーラのかけた言葉に男が僅かに動き・・・そして・・・

 グュルルルゥルゥルゥッルルルル!!!!!!! 

 壮大に腹を鳴らした。
 「うぅ・・・疲れた・・・お腹空いた・・・・・・」
 「・・・・・・」
 どうやら行き倒れらしい。
 とりあえず、疲れだけは癒しておいた方がいいか・・・
 このまま倒れたままにしておくのも何だし・・・
 サーラは背中に背負っていた包みを開ける。長い布グルグルに巻きつけた包みの中は一本の金色の柄の先に緑色の球体の石が付いたロッド。サーラの魔法アイテム。
“ヒールロッド”である。
 「どこが悪いのかわからないし・・おまけに疲れてるとなれば・・・これしかないか・・・」
 術を決めると杖の先を目の前の死体っぽい男に向ける。
 緩やかな魔力の風がサーラの周りに渦を巻き、ローブや髪を僅かにフワフワと持ち上げた。

 「―この世に再び具現(あらわ)れし、 光を統べる聖なる王よ。汝の統べるその大いなる光で、我が前に横たわりし者を救いたまえ―」
 魔力が杖の先に集中する。ヒールストーンが輝きを増した。
 「―神の祝福(ラズラ・ヒール)・・・―」
 杖の先の魔力が解き放たれ、拡散し、男を包み込んだ。



 「いや〜助かりました。旅費も体力も底をついて困っていたところでしたし・・・・」
 近くのレストランで男は「とりあえず・・」と言って、サンドイッチとパスタとペンネとラザニアとドリアとピザ数枚を注文し、来ると同時に一気に食べ始めた。
 ちなみにサーラの前にはオレンジジュースが置かれており、ここの代金はサーラ持ちである。魔法医をしていた頃の貯金が結構あるとはいえ、出費は極力抑えたいというのに・・・というか、人の金で良く食うな・・こいつ・・・・
 「いや〜ング、実は私、ムシャムシャ・・魔道学会の・・・ゴクゴク・・・Dランク魔道士でして・・・ガツガツ・・・」
 「食べてからどうぞ・・・・それで?その魔道士さんがなんでこんな所に来たわけ?」
 「ロビンです。」
 「は?」
 「ロビン=ゴールドウィン。僕の名前です。」
 「・・・それで、ロビンさん。あなた、何でこの町に?」
 「ロビンで結構です。いや〜・・・実は先日少々不手際をしてしまいまして・・・あっ!僕のせいじゃないんですよ!! ただ、少し失神してしまって、盗賊を取り逃がしてしまったんです。で、上にその話をしたらこれが、大目玉を食らいまして・・・それで、私の直属の上司に相談したら、どうやらその盗賊がこの町に逃げたらしく、ついでにその盗賊が超大物なのも相まって、盗賊を捕まえれば、汚名返上に加え、その盗賊についてレポートを書けば、昇格もできるかもしれないということでこの町まで捕まえに来たんですけど、手掛かりを探しても見つからず、フラフラしている内に滞在費も貯金も尽きて、ああやって路地裏で倒れてた次第です。あ!チョコレートパフェ追加してもいいですか!?」
 「・・・・どうぞ・・・」
 「ありがとうございます。」
 ロビンはすぐにウェイターを呼びつけて追加の注文をする。
 「それで・・・その盗賊ってどんな人なの?」
 「あぁ!大物ですよ!!盗賊団『夜真珠(ナイト・パール)』ってご存知ですか?」
 「『夜真珠(ナイト・パール)』?・・・聞かない名前ね・・・。」
 「ガルス帝国では有名な盗賊です。白い髪の女と黒い髪の男の2人組の盗賊団で、盗みの世界では常にNo.1! 今までの総被害額は200億リーラ以上。それにこれは極秘なんですけど・・・・」
 極秘をそんな簡単においそれと人に言っていいものなのだろうかと疑問は残るが、まあ、相手が勝手に話してくれるならこちらには損は無いと思い、聞いてみることにした。
 
 「その盗賊の白い髪の女は・・なんとあの『幻影の白孔雀』だという噂なんですよ。」
 
 「『幻影の白孔雀』!?」
 サーラが驚きの声を上げる。
 「し!!声が大きいですよ!!」とロビンが慌てて静止した。
 『幻影の白孔雀』・・・裏社会に少しでも知識がある者ならば、知らない者はいない程有名な人物である。
 そもそも、戦争と名の付くことなら彼女の名前が出てこないことはない。たった一人で戦況を覆す力を持つ人間が居ると言う一種の都市伝説だ。
 戦場で彼女に会ったら生きて帰って来られない・・。故に姿を見た者はおらず、故に幻影。噂によると白い髪をしたこの世のものとは思えない程美しい少女ということだが・・・まあ、自称“幻影の白孔雀”なんて自分のことを“俺の前世は王族だ”と言ってる奴ほどいる。なにしろ、名前を聞いただけでも人が震えあがるという話だ。
 利用価値の高さは想像に容易い。
 でも、所詮は噂話。っていうか封魔戦争にも参加していたということだから、今じゃもう60超えたババアじゃないのかな?
 「僕は絶対に2人を捕まえます!何があろうと!!必ず!!」
 チョコレートパフェを頬張りながら彼は悠然と語った。
 そんな彼をサーラは呆れたように見つめる。
 いや・・・なんというか・・・・居るんだな〜・・こういう人間として凄い人・・・・
 「でも、手掛かりないんでしょ?」
 そう言った途端に彼の肩がガックリと落ちた。
 「そうなんですよね〜・・・」
 悲しそうな顔で、彼が呟く。
 「もう2週間ぐらい探し回っているんですけど、どこにも居なくて・・」
 「・・・この町に居るのは確かなの?」
 「ええ・・それは間違いありません。私の上司が仕入れてくれた情報によりますと、2週間前からこの町に滞在してるらしいのです。なにしろ、白い髪の少女など見ればすぐにわかるんですが・・・今は祭りの最中ですので、仮装で髪を白くしている人など数えきれない程いますし・・・黒い髪なんてそれ以上で・・・」
 「時切絵とか無いの?」
 「ええ・・・本当に煙みたいな2人で・・・手がかりも本当に白い髪と黒い髪の男女ということしか・・・」
 まあ、それはそうだろう。
 ってか、ちゃんと顔が分かっているのならとっくに捕まってる筈だ。魔道学会の捜査を甘く見てはいけない。
 学会に所属する魔道士はいずれにせよ全員が平均を超える魔道士達だ。そんな彼らがたかが泥棒の1人や2人捕まえられないはずが無い。
 まあ、相手が本当にあの幻影の白孔雀の名を冠する魔道士だと言うのなら話は別だが・・・
 「そこで、お願いがあるんですけど・・・」
 パフェを食べ終わったロビンは机の上の食器類を退けてその場に手をついて頼み込む。
 「僕と一緒に犯人逮捕に協力して下さい!お願いします!」
 「・・・・・」
 いや・・つい言葉が途切れてしまったのは他でもない・・・
 こいつ・・すごいな〜って・・・
 飯を奢ってもらって、その上で犯人の話をしただけで手を貸して欲しいなんて・・・。
 神経が図太いというか・・単純に空気が読めないというか・・。
 でも・・・
 
 「わかった・・いいよ・・」
 
 それでもサーラは首を縦に振った。
 
 「ほ!ホントですか!!」
 「うん。」

 引き受けた理由は二つある。
 まずは、単純な興味だった。「幻影の白孔雀」を名乗る大魔道士。
 一言でいえば会ってみたい。どんな魔道士が束になって掛かっても敵わない天才魔導士。「すべての魔道士の母と言える存在」なんて書いてある書籍もあったっけ・・。
 まあ、十中八九偽物だと思うけど、それはそれで一目見てみる価値がある。最強の魔道士を自分の手によって捕まえる。ちょっと面白いかもしれない。
 そして、もう一つの理由。

 どちらかと言うと重要なのはこちらの方だ。
 「でも、ひとつだけ条件があるの・・・」
 サーラの言葉にロビンが「何でしょう?」と答える
 「幻影の白孔雀が持ってるスペリオル。それを私に頂戴。」
 そう・・・すなわち、それは単純な物欲だった。

 幻影の白孔雀が持つとされる3つの宝具。
 まずは、彼女が腰に帯びているとされる剣。
 『灼滅させる白銀の剣(レーヴァテイン)』
 次に彼女が使う究極の魔法杖
 『綴られし白皇の杖(ヴァレリーシルヴァン)』
 そして、最後に・・・・
 究極にしてこの世のすべてを司るとされる伝説のある宝具。
 
 “聖杯”

 最後の一つはどうしても手に入れたい。
 その強力さ故に存在すら疑われる魔道具だが・・・そんなのは白孔雀本人に聞いてみなければわからない。
 幸い、魔法医術の中には自白剤を生成できる魔法もあることだし・・
 なればこそ・・・
 聖杯を得たいこの状況なれば、彼と組むのが一番いいのだ。
 「ええ・・・それぐらいでしたら別に構わないと思います。」
 「なら、私はあなたと手を組むよ。よろしく・・・」
 サーラの返事にホントに嬉しそうな笑みを浮かべ、ロビンは大きく万歳でもするんじゃないかってぐらい喜んだ。
 「では、早速こちらが知っている全部の情報を開示します。まず・・」
 「あ!ちょっと待って・・・」
 サーラはすぐにポケットからメモ用紙を取り出す。
 そして、ロビンの話からそこに必要事項を書きだして行った。



R.N.Cメンバーの作品に戻る